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月百姿 月百姿 月百姿 月百姿 月百姿 月百姿 月百姿 月百姿 月百姿

一条评论
撰自未曾
2015年12月6日

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撰于2015年12月6日 | 一条评论 | 归类于 | 撰自未曾

月百姿

《月百姿》是一部以月亮为主题的大型锦绘(彩色木版画100幅)合集,作者是日本江户末期著名浮世绘画家月冈芳年。这些绘画取材自日本和中国的轶事、历史事件和神话,描绘了月亮的千态百姿。这些版画由秋山武右卫门于1885年至1892年分批出版。

Tsuki hyakushi(《月百姿》)是一部以月亮为主题的大型锦绘(彩色木版画)合集,作者是月冈芳年(Tsukioka Yoshitoshi,1839-1892 年)。这 100 幅版画由秋山武右卫门 (Akiyama Buemon) 于 1885 年至 1892 年分批出版。它们描绘出月亮的千态百姿,取材自日本和中国的轶事、历史事件和神话,绘画对象极其广泛,包括著名的武士与显赫的妇女、鸟兽、精灵和鬼魂。例如,第三幅图描绘了《三国演义》中著名的主角曹操(155–220 年),再现了曹操在赤壁之战前夜凝视着满月的情景。第十幅图描绘的是紫式部(Murasaki Shikibu,出生于大约 978 年)在山庙望着月亮,陷入沉思。据说紫式部在寺庙看到满月,产生了创作 Genji Monogatari(《源氏物语》)的灵感。这是一本折叠的书,包含来自《月百姿》的全部 100 幅版画,还有两份该系列完成之后创作的索引。其装订相信是来自它的前主人。与汇编索引同时创作的序言不包含在这本书里。学者认为,画册中的图画顺序并不遵循它们的出版顺序,而是根据索引编排。月冈芳年是一位浮世绘画家,师从歌川国芳(Utagawa Kuniyoshi,1797-1861 年),活跃于幕末(德川幕府统治末期)至明治时代。他的作品范围广泛,包括美人绘(美人画)、风俗画以及历史与文学人物画。这个系列完成于他去世的那一年,被视为其晚年的杰作。(介绍参考:月百姿

大致目录

君は今駒かたあたりほとゝきす たか雄(想君已近驹形/杜鹃啼鸣 – 高雄)
月下の斥候 斎藤利三(月下的斥候 – 斋藤利三)
南屏山昇月 曹操(南屏山升月 – 曹操)
原野月 保昌(原野之月 – 保昌)
花山寺の月(花山寺之月)
史家村月夜 九紋竜(史家村月夜 – 来自“水浒传”的九龙纹身)
法輪寺の月 横笛(法轮寺之月 – 横笛)
忍岡月 玉淵斎(忍冈月 – 玉渊斋)
南海月(南海月)
石山月(石山月)
五條橋の月(五条桥之月)
孤家月(孤家月)
霜満軍営秋気清数行過鳫月三更 謙信(霜满关营秋气清/如行过雁月三更 – 谦信)
赤壁月(赤壁月)
かしかまし野もせにすたく虫の音よ 我たになかくものをこそおもへ(草地中虫鸣不已/但我沉默不语,唯有相思)
盆の月(盂兰盆节之月)
朧夜月 熊坂(胧夜月 – 熊坂)
稲むらか崎の明ほのゝ月(稻村海角之晓月)
北山月 豊原統秋(北山月 – 丰原统秋)
月明林下美人来(月明林下美人来)
金時山の月(金时山之月)
鳶巣山暁月 戸田半平重之(鸢巢山晓月 – 户田半平重之)
田毎ある中にもつらき辻君の かほさらしなや運の月かけ 一とせ(如稻田中的倒影/黑暗中站街女的面孔/被秋月照出 – 玉响)
堅田浦の月 斎藤内蔵介(坚田浦之月 – 斋藤内藏介)
月のものくるひ 文ひろけ(疯狂 – 铺开的书信)
千代能かいたゝく桶の底ぬけて みつたまらねは月もやとらす(千代女之前补好的/木桶底部又掉了/月亮在水中的家没了)
世尊寺の月 少将義孝(世尊寺之月 – 少将义孝)
読書の月 子路(读书之月 – 子路)
名月や来て見よかしのひたい際 深見自休(满月/带着挑战而来/炫耀其美眉 – 深见自休)
宮路山の月 師長(宫路山之月 – 师长)
から衣うつ音きけは月きよみ またねぬ人を空にしるかな 経信(静听捣衣声/明月照清幽/应有他人在/深夜未眠人 – 经信)
淮水月 伍子胥(淮河月 – 伍子胥)
西宮夜静百花香 欲捲珠簾春恨長 斜抱雲和深見月 朧々樹色隠照陽 王昌齢(西宫夜静百花香,欲卷珠帘春恨长。斜抱云和深见月,朦胧树色隐昭阳 – 王昌龄)
神事残月 旧山王祭(神事残月 – 旧山王祭)
しらしらとしらけたる夜の月かけに 雪かきわけて梅の花折る 公任(借着白雪的微光/在夜晚的月影下/我拨开雪折下梅花 – 公任)
卒都婆の月(卒都婆之月)
ほとゝきすなをも雲ゐに上るかな 頼政とりあへす 弓張月のいるにまかせて(杜鹃/云上啼鸣乎/赖政/吾只拉弓/利箭自发)
玉兔 孫悟空(玉兔 – 孙悟空,来自“西游记”)
きぬたの月 夕霧(捣衣月 – 夕雾)
舵楼の月 平清経(舵楼之月 – 平清经)
住よしの名月 定家卿(住吉之满月 – 定家卿)
雨中月 児嶋高徳(雨中月 – 小岛孝)
月宮迎 竹とり(月宫迎 – 竹取)
五節の命婦(五节之命妇)
あまの原ふりさけみれは春日なる 三笠の山に出し月かも(望无垠夜空/皓月当头/可与春日山之月同?)
はかなしや波の下にも入ぬへし つきの都の人や見るとて 有子(生无所盼/不如沉入波涛/兴得见我月宫良人 – 有子)
垣間見の月 かほよ(窥月 – 高遥)
つきのかつら 呉剛(桂树月 – 吴刚)
高倉月 長谷部信連(高仓月 – 长谷部信连)
銀河月(银河月)
きよみかた空にも関のあるならば 月をとゝめて三保の松原(在清连的海岸,甚至天空都挡路/月亮被三保之松原遮挡)
廓の月(风月场之月)
三日月の頃より待し今宵哉 翁(我从月牙儿起一直在等待今晚 – 桃青翁)
鶏鳴山の月 子房(鸡鸣山之月 – 子房)
いつくしまの月 室遊女(严岛的月亮 – 室游女)
音羽山月 田村明神(音羽山月 – 田村明神)
貞観殿月 源経基(贞观殿月 – 源经基)
常にこそ曇もいとへ今宵そと おもふは月の光なりけり 玄以(通常我不喜欢有云的天空/今夜我认识到,有云的天空/可以让我欣赏月亮的光辉 – 玄以)
やすらはて寝なましものを小夜ふけて かたふく迄の月を見しかな(吾盼快入睡/何奈夜已逝/望天边月落 – 赤染卫门)
たのしみは夕顔たなのゆふ涼 男はてゝら女はふたのして(快乐是/躺在清凉的月花凉亭/男人穿着汗衫,女人穿着她的连身衣)
弓取の数に入るさの身となれは おしまさりけり夏夜月 明石儀太夫(当我将进入那违命之列/比以往更明亮耀眼/夏夜的月光 – 明石仪太夫)
おもひきや雲ゐの秋のそらならて 竹あむ窓の月を見んとは 秀次(我是否曾经想象/当秋高气爽云空净/我将透过竹格窗看月亮 – 秀次)
孝子の月 小野篁(孝子之月 – 小野篁)
竹生島月 経正(竹生岛月 – 经正)
烟中月(烟中月)
源氏夕顔巻(“源氏物语”的夕颜章)
祇園まち(祗园)
しつか嶽月 秀吉(师祖峰之月 – 秀吉)
吉野山夜半月 伊賀局(吉野山夜半月 – 伊贺局)
信仰の三日月 幸盛(信仰之三日月 – 幸盛)
大物海上月 弁慶(大物海上月 – 弁庆)
月輝如晴雪 梅花似照星 可憐金鏡転 庭上玉房馨 菅原道真(月光像白雪一样闪烁/梅花像倒映的星光/啊!月亮像金色的镜子在头顶穿过/来自琼楼的芬芳充满花园 – 菅原道真)
破窓月(破窗之月)
悟道の月(悟道之月)
朱雀門の月 博雅三位(朱雀门之月 – 博雅三位)
名月や畳の上に松の影 其角(满月/在榻榻米上/松枝的阴影 – 其角)
朝野川晴雪月 孝女ちか子(朝野川雪晴月 – 孝女慈子)
山城小栗栖月(山城小栗栖月)
つきの発明 宝蔵院(月之发明 – 宝藏院)
賊巣の月 小碓皇子(贼巢之月 – 小碓皇子)
しはゐまちの暁月(梨园晓月)
嵯峨野の月(嵯峨荒野之月)
梵僧月夜受桂子(梵僧月夜受桂子)
むさしのゝ月(武藏平原之月)
雨後の山月 時致(雨后山月 – 时致)
月夜釜 小鮒の源吾・嶋矢伴蔵(月夜釜 – 小鮒源吾和嶋矢伴藏)
稲葉山の月(稻叶山之月)
四条納涼(四条纳凉)
山木館の月 景廉(山木馆之月 – 景廉)
嫦娥奔月(嫦娥奔月)
雪後の暁月 小林平八郎(雪后之晓月 – 小林平八郎)
桜さくすみたの川にこくふねも くれて関屋に月をこそ見れ 水木辰の助(樱花绽放在隅田川畔/船只隐入苍茫暮色中/我在关谷望月 – 水木辰之助)
足柄山月 義光(足柄山之月 – 义光)
月の四の緒 蝉丸(月光下的四弦 – 蝉丸)
姥捨月(姥舍月)
猿楽月(猿乐月)
いてしほの月(涨潮之月)
調布里の月(调布里之月)
心観月 手友梅(心观月 – 手友梅)
吼噦(狐鸣)

月冈芳年(1830-1892),又名一魁斋芳年,晚名大苏芳年。日本江户时代末期著名浮世绘画家。师从歌川国芳,与河锅晓斋、落合芳几、歌川芳藤等为师兄弟关系。特别是落合芳几后成为竞争对手。月冈芳年创作了历史絵、美人画、役者絵、风俗画、古典画、合戦絵等多种多様浮世絵作品,在各领域表现出其独特的画风。多数作品中以带有强烈冲击性的“无惨絵”著称,他也因此被称为“血まみれ芳年”。此时的日本开始大量采用西方的摄影与平版印刷技术,浮世绘的需求下降,而月冈芳年仍坚持不懈地创作并试图让浮世绘达到一个新的水平,其门下培养出一大批从事日本画与洋画创作的画家,因此他常被称作“最后的浮世绘师”。

注:此PDF文件包含每幅日文及中文(翻译可能不够准确)书签。

文件名:月百姿.100幅.月冈芳年绘.1885至1892年
文件格式:PDF清晰
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评论

  1. 匿名

    令人神往

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